東宝の社長シリーズを見る

 街の名画座で森繁久彌特集をやっていて、見てみたいのはたくさんあるのだがなにぶん個人的な緊縮財政の折り、既に配信で見たことはあったがスクリーンでの鑑賞は未体験だった社長シリーズの「社長太平記」と「続社長太平記」だけを見に行った。どちらも公開は1959年。観客の大部分は年輩の方たちだったようだが、ところどころで笑い声が聞こえてきて楽しい時間だった。特に三木のり平と森繁との絡みの場面では笑い声がいっそう大きく、のり平のパワーを感じた。この作品では登場人物の海軍での従軍経験が話の大きな要素の一つになっていて、それは笑いを誘う要素(戦時中と現在の会社員としての立場が逆なのに、弾みで元に戻ったりする)でもあるのだが、登場する海軍カフェとか同期の遺児の女の子とそこで昔を偲ぶ時間を過ごす元艦長の加東大介、後述するデザイナーの亡き夫がミッドウェー海戦で艦の通信士だったといった設定は、公開当時、観客たちも同じ近過去の戦争体験を生き延びた者同士として言葉にせずとも共感が出来るものだったのではないかと想像する。
 シリーズ初作の「へそくり社長」正続で社長の妻を演じていた越路吹雪が「続社長太平記」では主人公側の協力者になってくれるフランス帰りで福岡在住のデザイナーとして出演していて、同じ下着業界では戦前からの伝統のあるライバル会社が勢力を増している福岡でそれに負けじと売上を伸ばしていくため(主人公側は戦後に落下傘メーカーから転向した後発企業という位置付け)、プロモーションとして開催した下着のファッションショーで洒落たシャンソン風の演奏をバックにこのデザイナーの歌う歌が「人間はお猿さんより上等だから下着を着けるんです」「下着は大切な人にしか見せないもの」といった内容だった。はじめて配信で見たときは「おかしな歌をやるもんだなー、公開当時の観客はどんな風に受け止めたんだろうか」といった印象で、スクリーンで観ても同じように感じはしたものの、小さい会場ではあっても映画館の音響のせいもあってか越路吹雪の深みを感じさせる歌いぶりに印象を新たにし、歌手としてすごい人だったんだろうなと思わせられた。
 待合か何かのオーナー役として正編にだけ出ていた藤間紫は新珠三千代や草笛光子や池内淳子みたいにシリーズのレギュラーにはならず、確かこれ以降社長シリーズには出演していなかった気がするが、シリーズで他に出ていたのはあったんだっけなと思ってWikipediaを見たところ、「へそくり社長」に出ていたという記述を見てそうだった〜長唄の先生だか何かの役だった、と思い出した。映画俳優や監督のことは今も昔も知らない人ばかりなので、知りたくもないことを目にすることもあるが手っ取り早く情報を得るのにWikipediaは便利なものだ。この人は美人なのだけど他のレギュラー出演女優と比べて妙な迫力というかひんやり感というか怖さのある印象で、劇中で他のベテラン俳優たちと堂々と渡り合っているところはすごいと思った。
 ある日新聞を開くと「藤間紫さんが語る日本舞踊の魅力」という見出しで和服で和風の顔立ちの女性の写真が載っており、あれっと思って記事を読んでみると「幼少より、祖母で、紫派藤間流初代家元、藤間紫に師事。2021年に3代目として家元を継承した」と書いてあった。確かにWikipediaの藤間紫のページにも俳優としてのキャリアだけでなく自身の流派を立ち上げたみたいなことが書いてあったかも⋯と曖昧な記憶をたどりながら、昭和30年代の映画に出ていた人の血筋がこんな風にして確かに今に受け継がれていることに驚くばかりだった。

 東宝の社長シリーズには6月にはまってしまい、ひと月ほどかけて配信で全作を鑑賞した。
 もう随分前のことでいつだったかはっきりと思い出せないが、家族とお正月だかに何処かへ泊まったとき、たまたまテレビでやっていた社長シリーズの1作「続サラリーマン忠臣蔵」(1961年公開)を見たことがあった。見たと言っても、最初から最後までは見ていないかも知れない。当時の自分だったら戦後の昭和期の邦画など関心ももったことが無かったから普通なら自分から見る気にはならなかっただろうと思うのだが、それなのになぜこの時これを見たのか分からない。けれど、昔のカラー映像のせいなのかミニチュアのように感じた俯瞰するショットのビル街とか、ある女性の登場人物の部屋がやけに濃い色合いだった印象(これは後に配信で見直して、草笛光子の部屋のシーンだったと分かった)とともに映画が面白かったという印象だけは記憶から消えることがなく、後になって一時期よく書店に並んでいたDVD付き月刊誌でこの映画が発刊されたときは買おうかどうか迷って結局見送り、買わなかったけど何となく「何とかして見ることは可能な映画なんだろうな」ということだけ記憶に刻んで何年も何年も過ごしてきた。だから見ることを急がなかったのだという気もする。それがここに至ってどうしても見たくなり(たしか、何か気楽な映画が見たいと思ったのだ)、「サラリーマン忠臣蔵」正続セットのDVDを買おうか迷ったが面白くなかったら損だな等とゴジラシリーズをいくつか見てお茶を濁しながらあれこれ考えて、昔テレビ番組を録画したたくさんのDVD-Rの中に社長シリーズがなかったか調べたところ、なぜか「サラリーマン清水港」正続だけ録画していた。試しにそのDVDを見て面白くなかったらそれきり、面白かったら配信の東宝チャンネルに加入して無料期間に出来るだけたくさんこのシリーズを見ようという作戦を立てて清水港を見たところ、何と面白いこと。司葉子と藤川陽子の美人ぶりに、昔の日本映画に出ていた俳優にはこんな美人がいたのか⋯と衝撃とも言って良いくらい驚かされたのも大きかった(あとで、映画なんだから美男美女が出ていのは当たり前か、と思ったけど映画俳優だからというだけでは言い表せないのだ)。小林桂樹が手痛い失恋の後に新しい恋の芽生えを掴んだところでは心底「良かったなー!」と応援したし、森繁の社長にあれやこれや命じられて忙しい余りにせっかく実りかけた恋がだめになりそうなところでは心から可哀想に思ったし、桂樹の失恋相手とはもともと恋人同士で結婚することになった後輩で居候の夏木陽介はせっかくの新しい恋に折れかけた元気のない先輩の桂樹を見て人知れず助太刀をして良い奴だったり、終盤で恋が実ったときには「ほんとに良かったなー!!」と心から喜んだ。
 これはもうシリーズを初めから順番に見て忠臣蔵までたどり着くしかないと心は決まり、シリーズ初作の「へそくり社長」(1956年公開)から順番に見始めた。見慣れない昭和時代の邦画だったから最初は出てくる誰もがタバコを吸っていることやタイピストと呼ばれる従業員たちが席を連ねて仕事している場面に驚きつつ、訓示のため全社員を集合させたり人を呼び出すのに内線をビービー鳴らしたり、やたらと書類にハンコを押したりする場面を見て、良いんだか悪いんだか70年近く経った今でも変わっていないことがいろいろあるんだなぁとしみじみ感じた。男はみんなスーツをパリッと着こなしているが、50年代頃までは女の社員は揃いの上着にスカートという装いだったのも新鮮に見えた。「サラリーマン忠臣蔵」正続は「東宝サラリーマン映画100本記念」というだけあってオールスター総出演、話の進め方や構図などにどことなく風格も感じられるような趣で、忠臣蔵を下地にした内容に笑いやお色気要素を盛り込んだところはシリーズ諸作と同様だが、池部良演じる前社長がトラブルの後に交通事故で非業の死を遂げて腹心だった森繁が紆余曲折を経て遂に意を決し新しい別会社を立ち上げるまでを描いた正編の方はシリアス寄りだったところがシリーズの中では異色だった。続編では、金を工面するために自宅を手放した森繁社長が部下の小林桂樹のアパートにころがりこんで同居生活を送るようになるのだが、桂樹が食事の時にご飯にやたらと「化学調味料」を振りかけるのを見た森繁社長がちゃぶ台を挟んでそれをたしなめて意見がぶつかり合う場面があるのだが、昔どこかのホテルでこの映画のこの場面を見て「味の素とかは使わないようにしとこう」と無意識に心にインプットされたことを思い出し、話の全体の筋は忘れていたがその場面を覚えていたことも嬉しかった。
 忠臣蔵の後の作品も見続けたが無料期間では全作品を見ることは出来ず、配信の東宝チャンネル「東邦名画座」に正式に加入することにした。全作品を見終えてから振り返ってみると、小林桂樹が恋人役を主に務めた司葉子と結婚した後よりは結婚するまでの作品(家庭生活よりは結婚前の苦労の多い恋模様を見る方が応援しがいがあって楽しかった)、配役ではフランキー堺や三木のり平が出ていた時期の作品が特に楽しめた。フランキー堺の演技は笑いを引き出す方向に振り切れていてシリーズの魅力に欠かせない存在だったが、役柄は主人公たちの社内の人間ではなく外部の取引先の変な外国人とか日系人役ばかりで、役柄故の振り切れ方もあってどこか異色と言えば異色の存在だったような気もする(でも俳優としてとても魅力のある人だと思う。祖母がテレビドラマ「赤かぶ検事」を見ていたのを思い出す)。森繁社長の浮気と寸止めと失敗、妻役の久慈あさみとの夫婦喧嘩や仲直り、宴会のお座敷芸(とにかく料亭のお座敷やバーの場面がたくさん出てくる)、息子・小林桂樹となかなか結婚できない息子を心配する母・英百合子の親子のやり取りなど、毎回お決まりのパターンも楽しかった。クレジットはあったりなかったりだが塩沢ときが出ていると「また出てる!」と楽しくなったり、クレジットはおそらく一度もされておらずセリフもない脇役で榊田敬二(本当にこの名前の役者なのか顔と名前が一致する情報が少なすぎて確証が持てないのだが、濃い眉毛で白髪のおっちゃん)が画面に登場すると「また出とる!」と勝手に喜んだものだった。

 シリーズを全部を見終わったら東宝名画座を開くことも減ったが、社長シリーズの出演者を手掛かりにして、加東大介の「南の島に雪が降る」やフランキーの「幕末太陽傳」をはじめ他の日本映画に興味を持つ大きなきっかけになった。残念なのはその時代の俳優のみならず監督など関係者の多くが物故者のため、インタビューや作品づくりの背景といった今の映画であれば簡単にネットで触れることのできるような情報にアクセス出来ないことだが、ネットでは情報が限られている分、本などで調べるのも面白い。草笛光子のように今も元気に活動している方もおり、自分などの思いも及ばないし知りようもない月日がそれぞれの人たちにあったのだろうな、みたいなことをぼんやりと思ったりする。俳優や監督たちの生き方や残された言葉にはまだ僅かに触れた程度だが、戦中派の人たちの考え方や感じ方とか、今の世の中にはないような気付きが当時の映画関係者の言葉から得られる気もする。そして自分の父母たち、とりわけ祖父母たちが暮らしていた遠く過ぎ去ってしまった時代に、これも今はもう知りようもないのだが、思いを馳せるきっかけにもなる。

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