Goriphony

Just another WordPress site

16ページ目 (28ページ中)

連日布団で寝ない夏

 今日は蒸し暑い日だった。何となく身の入らない日だった。

 昨日、思い出したようにクラムボンの『まちわび まちさび』を聴いた。学生の頃に買ったアルバムだ。クラムボンのアルバムは、これしか持っていない。これの後の数作はMDにして聴いた。タイトルから借りて言うと、何処となく漂う侘しさが少し苦手にも感じるアルバムだった。昨日はこれを通して聴きながら学生の頃を思い返していた。
 今日は細野晴臣の『はらいそ』の後に、また思い出したようにくるりの『THE WORLD IS MINE』を聴いた。最新作の『魂のゆくえ』は、結局買いもしていない。かつて好きだったのは、学生バンドの佇まいを纏っていたバンドとしてのくるりだったのかもしれない。一緒に京都から出てきたドラマーの森を欠いたときに、彼らは学生バンドではなくなった。達身がいたときまではバンドはある青年性を保持していて、そうしたバンドの持つ「若さ」に何か共感していたのだろう。だから好きだったのだきっと。
「WORLD’S END SUPERNOVA』はつくづく、僕たちの世代・時代の旗印だった歌だと思う。同時代の音楽だったものが今や昔を懐かしむ音楽になっていることを、少しさびしくも感じる。達身は今どこで何してるんだろう。

腕が通勤焼けした夏

 自分の母親と同年齢くらいの同僚が、この頃朝晩は秋めいてきたと話していたが、そういう季節の移り変わりに疎いもので、よく分からない。ちょっと涼しくなってきたなと感じる程度だ。ともかくカラッとした暑い夏は味わえそうもないままおわりそうだ。
 今日は久々にクレームにあった。ご本人の要望に結果としてそえなかったとは言え、何とも妄想的なイチャモンを言うので担当の職員に引き継いだ。よく知られた要注意の利用者らしかった。カウンターで話し過ぎたもんだから、近くで夕刊を読んでいた常連の利用者がどっかへ行ってしまった。

 今夜は晩飯抜きだ。今月はこれで三度目だ。帰宅して、数日前に買っていたパンを食べて寝たら、4時間起きなかった。こんなだから何もできないのだ。夏は布団なしでゴロ寝しても冷えないから、こういうことをよくやってしまう。冬は冬で、ベッドにもぐりこんで寝てしまうのだが。それにしても寝過ぎだ。数日前にパンツ一丁で床の上で寝た翌日は、さすがに調子が余りよくなかった。唇も具合の悪そうな色だったらしい。
 バイク屋から、どれだけ時間をかけずに仕上げたんかというような暑中見舞いが届いた。そろそろ、初回点検行きの走行距離になる。30㎞/hで走っていたのは最初の一ヶ月くらいだった。この頃は気付いたらすぐに40㎞/hになっていて、それに慣れてしまった。自動車からすると遅いだろうが、50㎞/hも出すと危険に感じてくる。まわりを見ると、乱暴な運転をしている原付は多い。スピードを出すくらいにしておきたい。それよりも、もう少し上手な運転が出来るようになりたい。

夏空は見えない

 今日は仕事の後に以前行っていた2館に立ち寄った。あまり変わりないようで、知らないところに来たような気分にもなった。
 今日は広島原爆の日だ。だからと言って何ということもないが。広島の各所で皆が黙祷したであろう時刻、僕は通勤途中で、バイクに乗って坂道を下っていた。朝は荒っぽい運転の車が多い。
 今年は地下鉄の暑さ、昼休憩に外に出たときの道路から立ち込めるむっとする暑さで夏を体感しているが、釈然としない。全然満足できない。広島の晴れわたった空の下で、じりじりする太陽の熱さで汗をかきながら川辺の道を走りたい。だが、そんな過ごし方にしても、広島を出て帰省するようになってからの習慣だ。単に学生の頃の夏の日々を懐かしく振り返っているだけなのかもしれない。もう夏のことなんて、どうだっていいか、とも思う。でも9月に広島に帰っても遅いのだ。

夏の晴れた午後に

 昨夜飲んで帰って、11時頃風呂場で横になったまま眠り、明け方目覚めてベッドに移り、昼12時まで寝た。
 今週は食事・睡眠ともにひどい有様で、今度の休日は何処へも行かずにうちで休んでいようと思って過ごしていた。そんな思いとは無関係に、今日は起きてからただゴロゴロして、パンを一個食ったきり二度寝したら夜まで起きそうもなかった。だが余りに空が晴れているので、本の貸し出し返却をしに近隣三区三館を回るため、暑さを感じながら原付に乗って出かけた。一館目は古巣で、異動前に予約していたことも忘れていた少女マンガ一冊が届いたというメールが来たので、受け取りに行った。忙しそうだったのでカウンターにいた元同僚達とはちょっと話をしただけで出た。
 二館目でたくさんの本を返した帰りに、大通り沿いのスーパーでラムネ4袋を買い、松屋でウマトマカレーセットを食べてから、大賑わいのジュンク堂に寄った。マンガコーナーに行ったら、昨日刊行された藤子・F・不二雄全集のドラえもん、パーマンは売り切れていた。オバQは残っていた。何しろ、登場人物の絵柄も今のパブリックイメージとは異なる連載時のものが読めるのだから、てんとう虫コミックス版しか知らない大半のファンは興味を惹かれずにはいられなかったに違いない。僕も興味津津だ。この全集の、オバQやドラえもんたちが空を飛んでいる広告が、とてもいい。手塚治虫の講談社全集も、文庫・全200巻でリニューアル発売されるということだった。この頃小学館からシリーズで出ている水木しげるの貸本時代の作品と、学生時代からずっと読みたいと思っていた白土三平の原爆を題材にした『消え行く少女』という上下二冊本を買った。
 行った図書館は土曜日で夏休み中だったせいか、どこも大勢の人が来ていた。最後に江古田のロクアーチェでパンを買って帰った。
 バイクは遠くまで行けるし、重いものを積んで走ることもできる。今日は返却する本がたくさんあったから、走りはいつも通りではなかったが助かった。でも、ゆっくり景色を眺めたりしながらは走れないし、ヘルメットをしていてエンジンの音もあるから蝉時雨を聞いて夏らしさを感じたりすることもできない。いいところもあればそうでないところもあるものだ。

また夏になった

 目覚まし時計の置き場所を変えたせいか、朝、時間に全く気付かなかった。今行っている、始業時間の遅い分館でなければ、完全に遅刻だった。今は遅刻が本当にこわい。
 外に出て随分いい天気だと思ったら、梅雨明けしていたのだと人から聞いて知った。今朝はいつもより時間が遅かったので、大分日差しが強かった。原付に乗っていると、道路の熱で暑い。時間には何とか間に合ったが、勤務先のタイムカードは少し時間が進んでいるのか、あと一分遅ければ遅刻だった。
 今日は同僚が病欠になり、朝から一人でやった。到着が遅れたために、予約の入った本を棚から探して抜く作業が後になった。昼前に一人、本館から手助けに来てくれたが、それも午後三時までだった。一人でやるのは気楽ではあっても、やっぱり大変だった。
 帰りに図書館に寄って本を借り、近くのスーパーでつぶつぶみかんとラムネを買った。ラムネはしばらく食べていなかったので、三袋買った。その後郵便局へ行った。それから、一昨年から去年にかけてよく行ったスーパーに行き、卵やモヤシを買った。何となく、初めて働いた図書館の近くを通って帰った。

みんな燃えていた

 今日は原付に乗って図書館に行った。朝からいい天気だった。
 夕方、菅野よう子のコンサートに行った。スペシャルなコンサートで、ちょうど3時間の公演だった。長かったのでくたびれた。帰りに、池袋の東上線をまたぐ高架を走った。きれいな景色だった。今夜はよい月夜だ。

二速のままで走る

 今週から業務責任者になった。と言ってもほとんど権限のない副主任三人中三番手だ。周囲の見通しも悪く、空回りの日々が続いている。
 副主任になり、分館の方も回ることになった。今日はその分館4日目だった。今月はあと一回、分館に行く日がある。来月になると前半はずっと分館で、後半はもう一人の人と交代して本館に戻ることになっている。
 午後、本館で月一回行われる業務打合せ会に出た。何が何やら分からないまま、とりあえずメモを取ったが、その必要もなかったような気がした。会が終わると、主任や地区の統括担当者にいくつかのことを聞き、持ち帰る荷物を持ってまた歩いて分館に戻り、閉館までの一時間半を過ごした。閉館の準備がスムーズでなかったために、時間を過ぎているのに利用者が入ってきたりしてしまった。
 すっかりぬるくなってしまったサイダーを飲み干し、昼に買ったサンドイッチを食べ、原付に乗って帰った。この頃は、朝余裕がなかったり天気が悪かったりで原付通勤することがなかった。乗るのも一月振りくらいかもしれない。運転は下手くそなまま、乱暴になっている。もっとゆったりした気持ちで、静かな道を走りたい。帰宅して一眠りして洗濯して飯食った。TM Network とロリー・ギャラガーを聴いた。

朝、洗濯をした日

 今日は蒸し暑い日だった。昼飯は、時間がなかったので中卯でカレーを食べた。休館日明けで晴れた日だったので、一日大シケのようだった。
 行きと帰り、それから晩飯のときに、TM Network のアルバム”Self Control”(1987年)をとおして聴いた。ちょっと景気付けに懐かしいのを、と思い、取り出してみた。出したのは数年前のリマスター盤だけど。現役ファンだった10代の頃は、他のに比べてそれ程頻繁に聴いていなかったが、バランスの取れたいいアルバムだ。派手ではないが内容のまとまりでは一番だと思う。
 ここ数日、寝るときにピンクフロイドのエコーズを聞いている。大体もうろうとした雰囲気の中盤で眠りについている。

今や熱心な読者ではないけれど

何年か振りに両国へ行き、「手塚治虫展」を見てきた。行こうと思いながら忘れていて、思い出したときはもう最終週になっていた。今日は最終日前日で開館時間が長い土曜日だったせいか、えらい人だかりだった。手塚治虫を見に今でもこんなに人が集まるもんだと驚いた。丸坊主の小さな少年の、大人たちにまじって展示された原画を見るまなざしが印象的だった。
 帰宅してうたた寝して起きて豚肉の卵とじを作って食った。学生たちから、冬の定演についての葉書が送られて来た。来週の定演の案内は来なかったのに、これが届いたのはどういうことだろう。
 皿を洗って、手塚治虫展の図録を開いたら宮崎駿の、気持ちがほとばしったインタビューが載っていてとても面白かった。手塚治虫に関して語られる感慨は何となく教科書的で、大抵の場合感動を伴った賛辞ばかりだけど、この人の場合はそうじゃない。もちろん少年時代の手塚漫画との出会いを熱っぽく語ってもいるのだが、「僕は、闘いましたから。自分の絵がどうしても手塚さんに似てしまう、発想の段階では全然違うはずなのに、なぜ似てしまうんだろうかということも含め、『新寶島』で受けた時の衝撃の大きさみたいなものとずっと格闘してきましたから。」「僕は、手塚さんの崇拝者になりたいと思わなかった。だから、手塚さんと格闘してない人を見るとげんなりするし、かといって、私は格闘しましたってやつに出会ったって大したことないからね」なんて言ってて、面白い。
 今度の展示は生誕80周年のお祝い的イベントで、『ブラック・ジャック』掲載の背景にあった漫画家・手塚治虫の浮き沈みなんかも少しも語られることなく、一般向けにきれいにまとめて提示したもの、という印象だった。だから、展示には含まれていなかったこの図録掲載のインタビューが、尚更面白く感じられた。

回らない六月

 来月から、月の半分を区内の分館の方に行くことになり、今日は3日間の研修の最終日だった。研修と言っても格段に仕事量の少ない分館で呑気に過ごしただけで、大したことはしていない。会社のスタッフが自分を含めて三人、常駐の職員が二人という規模だ。いろんなものの流れが本館と比べて余りに違うので、月の後半に本館に戻ったときのことを考えるとちょっと心配だ。
 研修中に一人また新しい人が入り、これで計3名が加わった。来月から二人、異動になるのでそれを補うための増員だ。歓送迎会をやる話が持ち上がり、幹事をやるように言われたのだが、異動する二人には参加の意向がなく、連絡が急だったせいか他の人たちも軒並み不参加という有様だった。歓迎会だけでもと思ったが、人が集まらないのにやっても新しい人たちに申し訳ないので、来月に持ち越しにするか明日話し合う。それにしても皆淡白だなあと思ったが、直前で都合がつけられなかったのだとしたらサッサとやらなかったこちらの責任だ。今週は研修以外でも余裕がなく、すぐに話を進めなかったのが悔やまれる。別の館の知り合いに話を聞くと、先日の館内整理日の後に皆で飲みに行ったそうだが、そういうのはあちらでは恒例になっているらしい。うちと大違いだ。うちは皆、違う方向を見ているみたいだ。「もっと早く言ってくれたらよかったのに」という声があったのが救いだ。
 そんなことを考えながら帰宅して、疲れていたのでうたた寝した。しばらく寝て起きて、時間も遅く飯を作る気になれなかったので、たくさんある菓子パンのうちの一つとバナナを一本食べた。その後『週刊手塚治虫』を終わり頃だけ見た。ご飯が食べたい。今月は慌しく過ぎていつの間にか半ばも過ぎ、梅雨入りしたのも知らなかった。

«過去の 投稿 新しい 投稿 »

© 2026 Goriphony

Theme by Anders Noren上へ ↑