今日は休館日明けで、晴れ間のもどった午後からはどっと利用が増えた。あの人もこの人も、というくらい大勢の方が、びっくりするくらい借りに来るもんだ。その中には、館内の本を見る、というよりは取り寄せたものをただ受け取る、という人も多いのだが。
障害者サービスの中に、資料を宅配・郵送したり、目の不自由な方のために録音テープを作って提供する、というものがある。郵送の場合は第四種郵便(無料)で送付していて、郵便局の方が毎日のように抱えて来るカゴの中には、一般の図書館宛ての郵便物以外にそうした郵送資料がたくさん入っている。そうやって利用した資料を返却するのだ。
一方、元々は宅配で図書館資料を利用していたが、自分の力で来ることが出来るようになり、いろいろ選んでは借りている人もいる。先日はかなりご年配で足のわるい方が障害者サービスの対象となった。担当の方に相談した際、「自分の力で来れるのなら(宅配対象であっても)こちらから宅配は勧めたりしない。図書館を自分で利用できるのならそのほうがいい」と仰っていたのが印象深い。
今日は、今年新しく設置された機械(本を拡大して見るためのもの)を試したい、という問い合せがあり、案内した。この方のように、自分から積極的に図書館を利用・活用しようとする姿勢をフォローすることが大事で、何でもかんでも支援するのがよいのではないのだ。と思った。何でもかんでも、というのは現実的にも無理なことだが。
今月は江古田時代にお気に入りだったものばかり思い返しては聴いている。今日はマウンテンを聴きながら晩飯を作った。フェアポートコンヴェンションの2ndはいい。3~5枚目だけが取り上げられるのはもったいない。先週、モーモールルギャバンを見に名古屋に行って喉を枯らしてから、喉の調子が悪い。寝つきも悪い。枯れたといっても元より大したことはなかったから、一晩で直ったが(それよりも耳鳴りが続いた)、その後風邪をひいたのか咳が止まらない。鼻水も出ない、くしゃみもない、熱もないのに咳だけが続くので困る。
投稿者: fumio (10ページ目 (28ページ中))
節電のため、4月いっぱいは開館時間を短縮していた。この間はシフトが違っても退勤時間が一時間しか変わらないから、帰宅時間もそれほど変動せず、生活も(その中身がもともと乱れているのは変わらなくとも)幾分かはペースが定まるようになっていた。5月と6月は通常の開館時間に戻ることになり、今日はその初日だった。どうなるだろう、と内心不安に感じながら出勤すると、館内は穏やかだった。
午後、事務室にいると、2階から内線で呼ばれた。行くと、例の不審人物が来ているという。以前から古株スタッフ間で話題になっていながら、いつも事後報告だから姿を見ることも出来ないでいたやつだ。その上頻繁にあらわれるわけではないので、関心が持続しないで今日まできたが、先日配架スタッフからチーフに相談があったと聞かされた。フロアに出ていると男が話しかけてきたり、脱いで出したりするのだという。それを聞いて、なんでもっと早く言ってくれないのかと思ったが、言えないでいてやっと相談、ということになったのだろう。以前聞いた話だと、棚の間からじっと見ているとかいうくらいだったが、それ以上の行動が明るみになって全員に注意を呼びかけたばかりだった。
奥にいるというので探しに行ったら、奥の書架で本を開いていた。あちらも気付いて、一秒ほど、離れていたが顔を見合わせた。2階の男子スタッフに注意を促して1階へ行き(1階カウンターは入り口だから、出入りの際はカウンターの前を通るしかない)、しばらく迷ったが自治体の奉仕責任者の主査の方に内線で事情を伝え、今まだ館内にいるのだと伝えると下まで来て下さった。電話中、男は離れたところからカウンターの様子を伺ったりしていた。主査が下りてきて一緒に奥へ行ったがもう姿はなく、2階に上がるとまたいた。
何もしないでいては、こちらから何かすることも出来ないが、自治体の主査さんに報告出来たのはよかった。しかしスタッフが人知れずしんどい思いをしていたのは残念なことだ。
この後、問題の人間はいつの間にかいなくなった。スタッフは、身内に不幸があったので今週休みをもらう、ということになったが、不審者につきまとわれてそんな理由を付けてでも一時的に職場を離れる、というのだとしたらやり切れないことだ。図書館はいかなる人にも公平に開かれた場所だから、一方で常識外にいる望まざる人たちの入り込む余地を持ち合わせてしまうという部分がある。何とかしないといかんが、館内の見回りを増やすくらいしか思いつかない。
夕方、大雨が降って利用も減り、穏やかに閉館した。しばらくの間、閉館前に込み出すことが多かったから心配していたが、とりこし苦労に終わった。スムーズに閉館できないと必要以上にカッカしたりして、つくづく自分はチキンだなあと思う。もっとどっしり構えてやりたいもんだ。
帰宅してギターのチューニングを適当にやって弾いたら、鳴りがいつもより良いように感じて、しばらく弾きながら晩飯も食べずにおやつを食べたりした。
朝、松戸に行って、一科目試験を受けた。受かればこれで資格の勉強も最後になるが、最後だというのに準備をほとんどすることなく、ちっとも全力を尽くさなかったのでスッキリしない。
試験が済んだらさっさと電車に乗って一度家に帰り、窓を開けて冬用の布団を干し、たまっていた洗濯をした。12時頃眠くなって横になり、2時間ほど寝た。起きて2回目の洗濯をし、布団を圧縮パックでしまった。掃除機をかけて部屋が多少はきれいになったが、床の見えている部分も大体少ないのだ。
そのうちに夕方になり、また家を出て江古田に向かった。都電は池袋まで40分かかった。西武線では、車窓から外を眺めて知っている景色を探していた。自分では南側を見ているつもりだったが、逆だった。江古田に着いて外に出ると、天やのあった所は更地になっていた。
久し振りに友人同士で集まり、鍋を食べた。いろいろ、他の友人の近況も聞けた。仕事と、何もない休日の繰り返しの日々の中で、たまに学生の頃からの友人に会うといいもんだ。いちごも食べてうまかった。
帰り、江古田駅でホームに立ち、次の電車が10分後だったから待合室(新しく出来ていた)に入った。待合室の中は静かだった。しばらくすると、何処からか歌声が聞こえてきた。以前江古田に暮らしていた頃、夜、閉まった駅前のBebeの軒先でさだまさし風の歌い手がよく歌っていたのを思い出した。聞こえてくるのはあの、朗々とした歌声だ。電車も来ないし、気になってその歌声を確かめるために待合室を出ると、南口の方から歌声が聞こえてくる。多分、その人に違いない。まだ江古田で歌っているんだな。街はいろいろ、変わっていたが。
今朝は電車とバスだとぎりぎり間に合わないおそれがあったので、原付で出た。ガソリンが半分くらい入っていたからよかったが、3ヶ月ぶりに乗って何事もなく運転できるか心配だった。安全運転で向かったが間に合った。
職場の辺りでは、となりの公園と近くの小学校に桜が咲いているくらいで、他の所では目にすることもない。季節のかわりゆく様子くらいしっかり見てみたいものだ。満開の桜並木を見ることもなく今年も春を過ごすのか、と思ったりするが、何も桜を見るだけが春の訪れではないだろう。自分が桜以外に何も知らないだけだ。そこらに咲いている植物のほとんどが、何なのか分からない。帰り道、強い風に吹かれて桜の花弁が舞い、少し雨にぬれた道にはりついていた。
そうして夜も原付で帰った。帰りは荷物があったからバランスに気を付けながら走った。去年のうちは、2月3月頃に教習所に通ってバイクの免許でも取ろうかと考えていたが、何となく時間が過ぎた。今、その考えが全くないわけではないが、しばらく延期だ。
一度帰宅して、クリーニング屋に服を取りにいった。シミは残っていたが、目立たなくはなっていた。青と白の縞シャツの、白の縞に青が滲んでいるのはそのままだった。干さずに洗濯機に残しておくからだ。お気に入りだったのに。去年の夏前のことだったが。諸行無常、何事も変わりゆくもんだ。しかしそれでもまた着るのだ。その後スーパーに寄ってパンと大学イモを手にとってレジに並んだら、置いてあるオールレーズンとオールアップルがうまそうだったから一つずつ買った。
今、図書館が18時までなので、帰宅が遅くならなくてよい。スーパーに寄っても19時を過ぎるくらいで、この頃は帰ったらだいたい21時頃までギターを弾く。今日もNHKスペシャルを見ながらギターを弾いた。最近、新しい曲のもとが出来た。詞が出来さえすれば歌になるのに。いつも何の歌なのか明確でないまま何となく置いておくから、だんだん鮮度が落ちていくのだ。だから今度の歌は季節のうつろいを歌うのだ、と決めた。
早朝、目が覚めてシフト表を確認して今日が休みと知り、また布団の中に戻った。次に目が覚めたらもう昼過ぎで、ゴミ出しにも間に合わなかった。
夕方、去年の夏頃からほったらかしていた洗濯物を持って外出した。近所のクリーニング屋に行き、シミ抜き依頼をしたが、色の部分に影響なく汚れを落とすのはちょっと難しいようだった。
都電の線路沿いに西へ向かい、ホームセンターに行った。以前よく行った練馬や板橋の志村坂下のドイトのように木材が置いていないのを残念に感じていたら、隅に少しだけ置いてあった。電球とセロテープを買った。
休日に街をぶらぶらするのは滅多にないことで、何となく休日気分になったが、帰る頃にはもう日が暮れており、風が少しさむかった。スーパーを二軒はしごして帰宅した。
今日髪を切って久々に代官山に行った。街角にせんとくんがいてびっくりした。見ると、奈良のアンテナショップみたいなのがあった。
代官山に行く前からトイレ(大)に行きたくなっていて、代官山駅でトイレを借りたが先客がいた。我慢できそうだったからそのままにしておいて駅を出た。用事を済ませて恵比寿まで歩き、アトレのトイレに行ったが使用中だった。仕方ないので新宿に行ってミロードのトイレに行ったら並んでいた。新宿はすごい人ごみだった。フラッグスの三階で、やっと安息の時を得た。人が多けりゃトイレに行きたい人も増えるわい、と思った。晴れた土曜日の午後、いろんな店を見て回って楽しかった。と言っても知っている店にしか行っていない。買わなくても、見て楽しむのはいいことだ。でも結局、決めていた以上の買い物をしてしまった。こうして物が増えていくのだ。
今日は停電がないから気が楽だった。帰りの電車を一駅乗り過ごした。スーパーで玉ネギとパンを買って、帰宅して野菜炒めを作ってレッドツェッペリンⅣを流しながら食べた。今日一般発売開始になったモーモールルギャバンの名古屋公演の申し込みをした。同じく今日発売開始の大阪と静岡は、枚数終了になっていた。
野球選手が「プロ野球で被災地の人々を勇気づけ、励ますとか、今はそういう段階ではない」というようなことを言っていたが、その通りだと思う。音楽などにしても、今のような緊急のときに何の意味も為さない。NHKのニュースでは、明日がどうなるかも知れないのだと、切迫した訴えが電話を通して語られていた。しかし自分の日々の生活を生きるしかない自分には、ものを送り届けることも出来ない。
音楽は無意味だ、チャリティーコンサートなどはその最たるものだ。何かしよう、というのは分かるが何かが乖離している。だが、それを非難できる訳でもない。そんなことを考えている時に、モーモールルギャバンの人がギターを抱えて新作のデザインを手がけたイラストレーターの個展会場やツアーの行く先々の街頭で歌い、集めたお金を赤十字に送金する、ということをやっているのを知った。そんな方法があるのか!と、何も知らないものだから感心したりした。大きな会場で歌ったりするより、募金箱にお金を入れるより、そんな行動の方がより直接的だし即時性がある。
そうして2週間が経った。原発のことが何も気にならないような人たちが信じられないと内心思いながら過ごしていたが、一方で広島出身の自分は何か考えすぎのところもあるのかも知れないとも感じていた。しかし「ただちに健康に悪影響は及ぼさない」と言われても、空気中や水から普段よりも多く放射性物質が検出されたとかいうニュースを見聞きして、少なくともいい思いはしない。
スーパーに行っても水が全然売っていない中、いろんなものを取り扱っている安売り店に一昨日ふと立ち寄ったら、「三本まで」と制限はあるものの水がたくさん売られていた。これを帰りがけに少しずつ買っていけば困ることはないだろう、と思っていた。が、東京の水道水からも赤ん坊の摂取制限を超える量の放射性物質が検出されたと報じられて、今日その店に立ち寄ったら水を置いていた所には何もなくなっていた。スーパーには牛乳もなく、卵も売っていない。なぜだかモヤシもない。野菜売り場からはモヤシの値札がなくなり、他の野菜が並べられるようになった。
落ち着かない日々だが、しかし自分の生活は自分の生活で送らにゃならん。そうするほかないからだ。そんな年度末、モーモールルギャバンの新作を聴いている。この人たちはピアノトリオの編成なのだが、キーボード(エレクトリックピアノ)のアレンジが楽曲のかなめになっているように思う。4月の東京公演、プレオーダーを申し込んでおきながら支払い期限を忘れていて無効になり、一般発売の開始日は、仕事から戻ったら既に「予定枚数終了」となっていた。こういうドジは本当によくやる。正にドジだ。ドジだけどくやしいから他県の公演を、と考えているが、どうなるか分からない。考えているだけの方が楽しいときもあるもんだ。いつになったらモーモールルギャバン、見れるだろう。
昨年の秋、”えこだかるた”というのに参加しました。この企画の出展作品を紹介したブログを、友人が作りました。ぜひ見てみて下さい。
えこだかるた gogoekoda.exblog.jp
(マス追記)
参加した時の記事はこちら
今日は休日だった。昨夜食べ過ぎて、もどしそうになって一時目が覚め、また寝て12時頃起きた。
土曜日の午後も開いている病院を調べて電話で問い合せて、浅草の方にある病院で健康診断を受けた。結果が分かるのは3月1日以降だということだった。終わったら御徒町まで歩いて、駅の高架下のそばやでカレーセット(富士そばのより小さかった)を食べ、山手線で池袋へ行った。
ところでアーケイドファイアというグループがいる。去年か一昨年、新宿タワーレコードの店頭で流れていたDVDの演奏に何か特別な力強さがあり、印象に残っていた人たちだった。それからしばらく聴いてみようと思っていてそのままになっていたが、今年になってやっと一枚目のアルバムを聴いたらよかった。他のアルバムもどうか、と興味を持っているうちに、最新作がグラミー賞を受賞したとニュースで知った。今日は、この人たちの2枚目のアルバムを求めてタワーレコードに寄った。
このグループはオーソドックスなロックバンド編成と異なって弦楽器奏者がいたり、皆で複数の楽器を担当していたりする。ライブ映像を見ると、打楽器を少しやるくらいで演奏はあまりせずにあばれまわっているのがステージ上の動きの主体となっている人がいたりして、そういうわけのわからないものを身内にとどめる包容力がこのバンドのユニークさをあらわしているように感じた。解散してもうしばらく経つ、日本のヘルマンH&ザ・ペースメーカーズというバンドにも、楽器を持たないウルフという人がいて、エネルギーが発露するアグレッシブなパフォーマンスを見せていた。そんな事を思い出したが、このウルフ氏はバンド解散後、横浜の辺りでまっとうなビジネスマンとなって活躍しているようだ。楽器を演奏しないパフォーマーを擁するという独特の包容力は、そのバンドに若さがあるから保ち得るのか、どうか。
目当てだったアーケイドファイアの二枚目を見つけた後、プリティシングスの棚を見ているときに見つけたポーティスヘッドの”ダミー”も一緒に買って帰った。そんな夜だった。都電に乗る前に全然冷たくないオロナミンCを飲んだ。
帰宅して、一昨日洗濯機にかけたものを干し、台所の洗い物を片付けた。そう言えば、江古田のかぐらがなくなったと聞いた。どういうことだろう。閉店したのか、それともあそこらの店舗が取り壊しになったのか、正確なことは分からん。駅前の再開発と、何か関係がありそうだけど。今の生活とはほとんど無縁の店についての知らせではあったけれど、残念に思った。「かぐらの刺身は美味いぜ」という始まりの未完成の曲があるのだが、かぐらのなくなった今、何処へ向けたらいいのやら。
今週は蔵書点検のため図書館は休館、だが中ではいろいろやっている。昨夜は日付がかわる前にベッドに横になって今日は昼前に起きたが、15時頃また寝て次に起きたのは19時と寝てばかりの一日だった。
晩飯を作って食べてTMラストライブのSelf Controlの動画を見ていたら、なぜだか泣けてきた。自分がTMのファンになった時には既に活動再末期で、リミックス盤やシングルを出したりはしていても表立った活動はしていない頃だった。’80年代の映像を見てもあまりピンと来ないが、この’94年のライブだけは、見に行くことはできなかったがリアルタイムで体験したほぼ唯一のイベントだったから、実体験として記憶にある出来事