Just another WordPress site

カテゴリー: nikki (19ページ目 (27ページ中))

年賀状を書いた休日

 図書館は振り替え休日のため、今日は休みだった。でも夕方起きて押入れの布団を整理したり、一昨日の洗濯物を畳んだりしただけだった。休日の過ごし方が下手で困る。ユーチューブでは、エルガイムが最初の方しか見れないので、初めて自分で入会してレンタル屋を使おうかとちょっと思った。
 夜になると、葉書を買ったまま手をつけていなかった年賀状に取り組んだ。正月に妹からウシの絵の原案を頼まれたが、ウシはどうにも難しい。だからウシをモチーフにした少年漫画のキャラクターをかわりに描いてみせたりした。結局、ピンクフロイドの『原子心母』のウシを参考にして絵を描いた。仕上がると、後回しにしていた仕事が片付いたことで気分がよかった。道具を片付けてから味噌汁と豚肉の卵とじを作って食べた。ニラがちょっとだめになっていた。冷蔵庫に入れているのに何で悪くなるのか疑問に思った。
 その後、ユーチューブで筒美京平作曲のエルガイムの歌を聞いて過ごした。同時期に放映されたトランスフォーマーの主題歌も筒美京平作だった。なので雰囲気が少し似ている。

寿司の日とその翌日

1月11日(日)

 朝、掛持ち先の図書館に行った。昼休憩の時間が一緒だったので、館長と中華料理屋に昼飯に行った。飯は館長がおごってくれた。三連休の中日だったのでいつもより静かな日曜日かなと思ったが、午後はいつもと変わらなかった。
 仕事を終えて帰宅し、6時頃また出かけた。池袋の楽器屋でスピーカー用のケーブルを探したが、欲しい長さのものはなかった。すぐに店を出て西武線改札近くの宝くじ売り場に行き、寿司祭りの待ち合わせをした。皆、今年初めて会うので新年の挨拶をし合った。人数が揃うと寿司屋に向かった。東口を自転車で通るのは大変だった。
 僕達の席は以前大人数でやったときと同じ座敷の右端だった。店の人が始めに丁寧に注意事項の説明をしてくれた。久しぶりに食う寿司は美味かったが、楽しい雰囲気に酔って味が分からなかった。途中、人のずぼんの裾をやぶったりした。最後に店の人に写真を撮ってもらった。出る頃になると座敷には他に誰もいなくなっていた。
 12月の定演で一緒に歌った学生が3人も来てくれて嬉しかったが、そういうことは今後はさすがに無理な気がした。それでもちょっと話ができたのでよかった。
 池袋の改札で皆を見送り、八神純子の歌を聞きながら一人自転車で江古田に向かった。江古田に着くとシモザキヤで飲み物とお菓子を買い、江古田の先輩宅に行った。
 先輩宅に入ると、先輩がゲームをやっているまわりに男6人がいるという面白い光景があった。ナウの先輩を見送り、何となく土浦君に「銭湯に行くか」というと、それが実行に移されることになった。11時前に出て100円ショップに行き、タオルやら石鹸やらを買った。夜中の100円ショップは妙な雰囲気だった。11時になるとますは帰っていった。
 浅間湯に着いて豊玉君と別れ、450円払って風呂に入った。皆で背中を流し合った。ツネは背中がヒリヒリすると言っていた。浅間湯の風呂は熱かった。風呂から上がり、着替えて足のマッサージをして外に出ると冷気が気持ちよかった。羽生の先輩と合流して先輩宅に戻った。そして朝5時までプヨプヨをやったりした。やっしは一切参加せず、先輩のパソコンで色々調べ物をしていた。夜が明けてくると部活の人の話で白熱したが、先輩は数時間後に出勤しなければならないので、残った4人はうちに移動した。やっし「まだ?」僕「もうちょい」というやり取りを何度かしつつ家に向かった。うちは付近に使える駅が四つあるが、どこからも距離がある。帰宅して布団を敷くと、皆すぐに眠りについた。

1月12日(月)

 寝る前、朝10時に起きようと話していたが、起きたら12時になっていた。それでも皆して家を出て、近くのやよい軒に入って約一時間かけて昼飯を食った。自分達がもっと歳を重ねた将来はどんな風に友達同士が集まるのか話したりした。
 池袋で羽生の先輩を見送り、土浦の服を買いに店を回った。セールの時期でびっくりする程の人出だった。パルコには丁度いいものがなく、ライトオンで時間をかけて選んだり試着したりした結果、インナーを4枚とベルトを一本買うことになった。うちにあった上着を譲ったりもしていたので土浦の荷物はいっぱいになった。
 買い物が終わるとゲームセンターに行って少し休憩た。丸の内線でやっしを見送り、山手線で土浦を見送った。皆は帰るときにどんなことを考えるんだろうかと思いながら家路についた。家に帰ると飯があったり家族がいたりする、というのが羨ましく思えた。10年以上前に実家にいた頃は、そんなことを考えたことはなかった。友達と楽しく集まった帰りにはいつもそんなことを思う。
 晩飯を作るのが面倒だったので、冷凍のご飯と野菜炒めで済ませた。何をするでもなく起きていて、朝方ユーチューブでエルガイムを見た。それでボーッとした頭のまま、布団に入って寝た。手が冷たかった。

ユニコーン

 ユニコーンが再結成したらしい。奥田民生は再結成に興味ないと思っていたので、びっくりだ。去年だって、ユニコーンの懐かし特設ページには奥田民生のコメントだけがなかった。
 こうして見ると、このバンド名もすごく新鮮だ。ユニコーンは同い歳の従兄弟が大好きだったバンドだ。そんな彼も今年結婚することになった。

とても寒い一日

 サンタクロースはクリスマスイブの夜に来るそうだが、うちには来なかった。かわりに昨夜、晩飯を作っていると豊玉の天才夫婦がカップケーキとフライドチキンを持って尋ねて来てくれてありがたかった。
 一夜明けて今朝、風呂に入らずベッドでないところで寝てしまったので体が冷え、起きて風呂に入ったが一日寒かった。今年初めて手袋をつけて自転車に乗った。
 夜、となり町の図書館に行ってから掛け持ち先の忘年会に出た。「ナウい」という言葉が日常的に使われていた頃、この言葉をそのまま使った「ナウイ」というヤクルトみたいな飲み物があったらしい。
 お開きになり、店を出たときに手袋を忘れてしまったので取りに戻った。帰りにウコンエキスを買って帰った。

暖かい年の瀬の日

 総括も書いているように、年の瀬のこの時期は集まりがいろいろあって大変だ。勤め人の人達に比べると、飲み会の数はずっと少ないと思うが、今日は初めて飲み会のバッティングというものを体験した。18時から今勤めている館の忘年会に出て、2時間経って以前勤めていた所の仲間の飲み会に加わった。帰りに頭が痛くなってきたので、ウコンを買って飲んだ。一年振りの人と会えたり、いろいろ話ができてよかった。
 これからの一週間は、歌の練習があったり、また飲みがあったり、定演があったりで僕にしては珍しく色々と用事のある日々が続く。
 ところで今日はいていたパンツは後ろ側が裂けてケツが半分丸見えだった。帰宅してズボンをぬいで床に座ると、ケツがひんやりした。長くはいているものがこの頃軒並みだめになってきた。洗濯機にかけると他の洗濯物の中で引っ張られて、布地の弱くなっているところが裂けてしまうのだと思う。
 そう言えば今日はねずみの死骸を紙で包んで捨てた。図書館の外の地面に、「ヒ」の字の様に手足を伸ばして横たわっていた。殺鼠剤か何かで退治されたみたいだった。ねずみなんか今までに三度ほどしか見たことがない。得難い体験だった。

暖かな休日

 今日はいい天気だった。昼過ぎに起きて食パンにマーマレードをつけて食べ、布団を干したり洗濯をしたりした。洗濯物が多過ぎて二度に分けてやった。洗濯ばさみが足りなくなった。布団を叩いたら煙のように埃が舞った。洗濯が済むとちょっと掃除機をかけた。それから溜まっていた牛乳パックやらペットボトルやらをつぶした。それを持って出かける頃にはもう、空はほとんど暗くなっていた。スーパーの回収箱に入れ、隣街の図書館に行った。雑誌を借り、帰りに別の図書館に寄った。スーパーで豚肉とブルーベリージャムなどを買って帰った。

 ところで先週の土曜のこと、同僚が僕の自転車のことを「オバマさんの自転車だ」と言う。何でかというと”YES WE CAN” と書いてあるからだと言うのだ。見ると確かにそう書いてある。自分でも知らなかったわけではないが、気付いたのはオバマが出てくる前のことだったので忘れていた。
 一昨日、来る定演の為に先輩と何度目かの個人連をした。学生の練習も見学して、瑞瑞しい若者たちの姿を目の当たりにした。来年は練文を取る意向らしい。練習の後、かぐらに行って飲み食いした。今度みんなで曲を作ろうという話になった。店を出て先輩に自転車のことを言うと、先輩は携帯のカメラで”YES WE CAN” を撮っていた。先輩はかぐらの隣りにトイレがあることを知らなかったようで、驚いて「now, トイレ☆◆◎!!」と変なことを叫んでいた。

救急車

 今日は祝日開館日だった。祝日も開館するようになってもう一年経ったが、知られていないのか来館者は余り多くない。途中から雨も降ってきたので尚更だった。
 午後、クレームのメールを出した利用者と館長が電話で話をした。メールの文面は随分おそろしげな内容で、担当の人も不安そうだった。館長が実際に話をしてみるとそれほど問題のある利用者ではなかったそうで、むしろ冷静に話ができ、誤解も解けて一件落着となった。
 夕方5時の閉館時、隅っこの席に座ったままの利用者がいたので主任が声をかけるとゴローンと横になり、足が痛くて動けないと言う。すぐ近くに病院があるが、今日は祝日のため休みだった。館長もいろいろ話をするがしょうがないので救急車を呼ぶことになった。
 何度か電話のやり取りがあった後、救急車はすぐに到着した。救急隊員3人が担架を持って館内に入って来て、利用者に今の状態や症状、病歴等について詳しく質問をし始めた。僕や他の何人かは棚の陰からそのやり取りを見守っていた。本人によると「慢性的な足の痛みがある」ということだった。
 近隣の病院をいくつか挙げ、これから受け入れ出来るかどうか聞いてみると隊員が言うと、男はそこには行けないと言う。その病院とは診察時に揉めたことがあるらしかった。他に挙げる所も軒並みだめなので、隊員は困った様子で「そんなこと言ってたら、この辺じゃどこも行く所がなくなってしまうよ」と言った。
 その内につい最近まで入院していたことが判ったが、隊員が「もしかして強制退院か」と尋ねると男は「いや、症状も大分良くなったし、・・・でもそうも言えるかもしれない」と答えた。
 結局その場では搬送先が決まらないまま、男は担架に乗せられ救急車へと運ばれた。館長と僕は男の荷物三つを手分けして持ち、傘をさして救急車まで持って行った。男は隊員の質問に割合はっきりした声で受け答えしていたし、朝、駅から歩いて15分ほどの図書館まで来て、館内にいる間も中を歩いていたのだから、隊員とのやり取りを見ていてもまともな病人とは思えなかった。
 戸締りを済ませて外に出ると、救急車はまだ外に停まっていた。

中だるみの練習日

 今日は約一ヶ月ぶりに合唱の練習に参加した。今日も大勢人が集まっていた。11月3日の個人練以来楽譜を開くこともなく、練習の開始時間にも遅れ、中だるみの練習日となった。
 最初の一時間は全く調子が出なかったが、休憩時間に自販機のパンを食ったらちょっと声が出るようになった。曼珠沙華のリズムがいまだに危うい。先生からお土産に段ボール箱いっぱいのみかんをいただき、皆で分けた。
 練習後はおしどりへ行き、まだ日の暮れない内から酒を飲み、飯を食った。その後流れでカラオケに行ったが、特別なカラオケだったので皆大変そうだった。終わりにシャノへ行って久々にビッグパフェのブルーベリー(コーン少な目、520円)を食べた。ビッグパフェは容器から出ている部分が一番うまい。もう定演まで一ヶ月ほどしかないが、先輩と、また時間が作れたら個人練をやろうと話した。帰りは11時過ぎでジャケットではさすがに寒かった。

Fantastic country, fantastic people

 今日はザ・フーの日本最終公演だった。寒い中自転車に乗って九段下に向かった。長くかかるかと心配だったが、40分くらいで着いた。
 最高の最終日だった。席も一階スタンドの三列目通路側でよかった。前の席の中年のおじさんが、最初は控え目に聴いていたのが、曲が進むにつれて控え目なままではありながらも拍手や手拍子をしたり、こぶしを突き上げたりする姿が印象的だった。斜め前の最前列で初っ端から踊り狂う数名がいるなあと愉快に思いながら、終わり頃に見るとこちらもおじさんだった。このおっさんはWon’t Get Fooled Again でギターのピートが腕を振り上げるのに合わせて自分も腕を振り回していて羨ましかったが、僕には出来なかった。僕は叫ぶくらいだった。今日もNaked Eye を本編の最後にやった。昨日とは打って変わってすさまじい演奏だった。
 ステージでピートとロジャーは、今日の公演や日本や日本の観衆を”fantastic”と言っていた。それがとても嬉しかった。今はもう決して現役の聴き手・ファンではないと自覚していたが、今回迷うことなく見に行ってよかった。

«過去の 投稿 新しい 投稿 »

© 2026 Goriphony

Theme by Anders Noren上へ ↑